
最初で最後の案
「新聞形式はどうか?簡単に新聞を作るためのソフトを見つけた。これならばらばらにならず持って帰ってもらえるぞ。今までと違って斬新な速報になるぞ。」まさに最初で最後の案であった。
8月19日、日曜日の夜、トシは重大なことに気がついた。原稿作成が1ページも進んでいない!しかも袋詰めが24日に行われる。残り5日間では間に合わない。速報委員の井上氏にメールを出した。
「申し訳ございません。今から作成しますが24日の袋詰めに間に合いません。」
しばらくして井上氏からメールが来た。袋詰めしなくても一緒に配布してもらえば大丈夫と臨機応変してくれた。井上氏はアンケート内容やインタビュー内容をいろいろ考えていた。井上氏からのメールを再確認し、原稿作成に入った。昼間は仕事へ、夜は遅くまで作業が続いた。毎晩続いた。研究会メンバーに愚痴メールを出した。それでも応援してくれた。
24日の朝、ヒロから「眠くない?車運転代わろうか?」と励ましをくれた。パソコン研究会のケンゾー顧問が体の調子が悪いのも関わらず駆けこんでくれた。定期総会を取材し、速報1号が完成した。
8月25日9時半、埼玉会館において第19回ろう教育を考える全国討論集会in埼玉が始まった。研究会メンバーは埼玉会館での記事化作業、埼玉会館から2キロ離れた埼玉聴覚障害者情報センターで原稿作成・印刷の二手に分けて作業をした。
原稿作成・印刷グループは2人だった。4人の予定だったが休日出勤で2人抜けてしまった。速報1号で慣れてきたから大丈夫と思い、予定通り進んでいたので順調だった。
が、恐れていたことが来てしまった。
午後3時頃、本部のヒロから
「分科会などは夕方4時半で終わる予定。会場借用は夕方5時まで。間に合うか?」
ユタカ、トシは呆然とした。5時までに速報2号を届けようと計画していたのだ。原稿作成が半分しか終わっていない。急ピッチで作業をし、原稿作成が終わったのが3時半。印刷を開始し、印刷トラブルに巻き込まれながら、4時20分頃には終わった。そして本部へメールを出した。
「これから突入。ホールで待機してクレ。」
埼玉会館に着いたのが4時40分。ユタカはそのまま、基礎講座の交流センターへ。トシは自転車で共済会館へ。本部のスタッフは埼玉会館で配布。埼玉会館、共済会館は何とか間に合ったもの、交流センターではすでに終わってしまった。2日目の朝に配布することになった。
どんよりした状態で、情報センターに戻ったが、
「2日目は同じ過ちを繰り返さないように!」
と気持ちを切り替えて速報3号作業に取り掛かった。速報3号は本部にいた研究会メンバーも一緒に作業を行った。更に彩キャップ、一般参加者から1名協力を頂いた。ケンゾー顧問も来て下さった。おかげで早く作業を行えることができ、夜8時半頃終わった。そして呑みに行き、夜遅くホテルに行った。
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